天野グループ 研究内容(2010年10月18日)

はじめに


1.無尽蔵で膨大な太陽エネルギー

太陽光は無尽蔵な再生可能エネルギーです。地球大気表面に降り注ぐ太陽エネルギーは1.74 x 105 TWといわれます[1]。ここで、仕事率Wは単位時間あたりのエネルギー (J sec-1)です。そのうちの約3割が大気による散乱や吸収によって失われると仮定すると、理論上の最大エネルギーは、仕事率として約1.22 x 105 TWとなります[2]。地球上での一次エネルギーの総消費速度は約15 TWですから[3]、世界の年間消費エネルギーがわずか一時間の間に照射される太陽エネルギーでまかなえる計算になります。あるいは、 地表のわずか0.01%にふりそそぐ太陽エネルギーを全て利用することができれば、人類によるエネルギー消費をまかなえます。いかに太陽エネルギーが膨大であるかが理解できます。環境・エネルギー問題を抜本的に解決するうえで新規な太陽エネルギー変換技術の開発が必要です。


地表における標準太陽スペクトル


[1] 地球の半径は約6370 kmであり、その投影面積は1.275 x 1014 m2です。太陽定数を1366W m-2とすると、地球大気表面が受けるエネルギーは、仕事率として1.74 x 1017 Wと見積もることができます。
[2] AM1.5Gにおける太陽光の放射照度は1000 W m-2ですので、地表が受けるおおよそのエネルギーは、仕事率として1.27 x 1017 Wと見積もることもできます。
[3] BP Statistical Review of World Energy, June 2011. 2008年度における総一次エネルギー消費量は1.15 x 1019石油換算トン(483 x 1018 J)。





2.人工光合成(太陽光エネルギー変換と貯蔵)

植物は太陽光と二酸化炭素・水を吸収して成長します。太陽光に多く含まれる可視光を用いて、水から電子を取り出し、二酸化炭素(CO2)から糖類を製造しています。この過程を光合成と呼びます。光合成にならい太陽光をもちいて燃料生産を行う人工的なエネルギー変換システムを「人工光合成」と定義します。広い意味では、電力に変換する太陽光発電も人工光合成に分類できます。しかし、電力は原理的に貯蔵できません。大規模な太陽光エネルギー変換を実現するためには、貯蔵と運搬に有利な化学燃料への直接変換が望まれます。水を分解して水素をつくったり、CO2を還元してギ酸(HCOOH)やメタノールをつくったり、太陽光エネルギーを用いて化学燃料を生産できれば、地球温暖化の原因物質と考えられるCO2を排出しないエネルギー循環系を構築できます。


人工光合成(太陽光発電と太陽光燃料生産)




3.光触媒(photocatalyst)

物質が光を吸収すると、電子のエネルギーが高くなります。これを光励起状態と呼びます。光励起状態において化学反応を引き起こす物質群を「光触媒」と呼びます。酸化チタン(TiO2)などの無機化合物が有名であり、半導体の光電効果に由来した現象です。半導体が光子を吸収すると、価電子帯(valence band)の電子が伝導帯(conduction band)に励起されます。価電子帯には電子の抜け穴である正孔(positive hole)が生成します。励起電子と正孔の寿命が長い場合には、励起電子が還元反応を、正孔が酸化反応を引き起こすことが可能です。水の全分解(H2O  H2 + 1/2O2)では、励起電子がプロトンを還元して水素を生成し、正孔が水を酸化して酸素を生成します。水の分解反応はギブスエネルギーが増加する反応(ΔG > 0)であるため、自発的には進行しえませんが、半導体の光励起状態をもちいることによって可能となります。光合成に類似した反応を進行できることから、太陽光エネルギー変換材料として光触媒は注目されています。実用化のためには、吸収光子の利用効率の向上と光吸収波長の拡大が重大な課題です。

半導体光触媒による水からの水素製造反応




4.微小構造制御

半導体結晶の微小構造をナノメートルからマイクロメートルスケールにわたって制御することによって、高性能な光触媒を開発します。ナノ構造制御は高結晶性と高比表面積の両立を可能にします。この結果、吸収光子の利用効率の向上を期待できます。また、結晶形態制御されたナノ結晶子をマイクロメートルスケールで集積化することによって、デバイスとしての性能向上を目指します。結晶成長条件を制御するための調製方法には、溶液プロセスを主に採用しています。熱水中や加熱した有機溶媒中での結晶化や、水溶液中での電気化学的な析出に取り組んでいます。調製した試料の形や大きさは、走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope, SEM)をもちいて観察します。また、透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope, TEM)を用いると、結晶の成長方向や結晶性についての情報がえられます。


調製した試料のSEM




5.光触媒性能の評価

自分たちで調製した試料の光触媒性能は、自分たちで評価します。光源には、擬似太陽光としてのキセノンランプや、発光ダイオード(LED)を用います。光触媒性能の評価の前に、目的とする光触媒反応の半反応に対する性能を評価します。水の全分解反応を例にとると、還元反応の評価にはメタノール水溶液からの水素生成反応を、酸化反応の評価には銀塩水溶液からの酸素生成反応をモデル反応として使います。また、電気化学的に半反応に対する性能を評価することもできます。電気化学的手法を用いることによって、バンド構造や半導体特性に関する情報を得ることができます。また、薄膜状の光電極はデバイス化が容易であり、実用化に向けて有望視されています。光アノード(photoanode)は酸化反応のための光電極、光カソード(photocathode)は還元反応のための光電極です。高効率な光触媒や光電極を開発し、あたらしい人工光合成システムを実現することが私たちの研究目的です。


光電極を用いた太陽光水分解デバイスの模式図
inserted by FC2 system